
電気顕微鏡は以下の電気化学上の発見にもとづいています。従来、溶液中に設置した2つの電極間で交流電圧を用いてインピーダンスを測定すると、溶液-電極の界面で生じる抵抗と、溶液中に生じる抵抗とが合わさったものとして抵抗が測れることが知られていました。近年の研究によって、表面積が100µm^2である電極を31mm以下の間隔で設置してインピーダンスを測定すると、溶液-電極の界面で生じる抵抗と、溶液中に生じる抵抗とが異なる周波数特性をもって測定できることがわかりました。これにより、従来困難であると考えられてきた溶液-電極の界面で生じる抵抗の測定が可能となりました。
実験では、細胞やスチレンビーズなどの非電解質成分が電極に接触したことを、溶液-電極の界面で生じる抵抗の低周波数シフトとして検出できることがわかりました。また、電極を多数アレイすることによって、平面上のどこにどのような細胞が存在するのかを測れることもわかりました。この方法では、従来の光学顕微鏡と異なって、電極表面の状態のみが測定可能であるため、ピントを合わせる必要がありません。ピントをあわせる必要がないということは、観察対象とセンシングデバイスとの間に空間を確保する必要がないことを意味し、また電磁波を透過させる必要もないということです。したがって、センシングデバイスを接触させることのできる全ての面を観察可能となっています。
電気顕微鏡の挙動に最も近い挙動を示すセンシングデバイスは水晶振動子センサーでしょう。水晶振動子は固有振動数を持ち、任意の対象が水晶振動子に接触することによって固有振動数が低周波シフトします。電気顕微鏡の個々の素子の基盤は固体でできていますが、溶液-電極の界面で生じる抵抗の周波数を決定するものは、界面に存在する溶液由来の分子です。溶液由来の分子のうちその時たまたま界面に存在するものが特性を示し、それらの分子は溶液中に拡散してしまうため、常に更新されることになります。この更新作用によって、電気顕微鏡は測定を長時間継続させた際の素子部品の劣化などによる測定障害が起こらないようになっています。そのため、例えば、点滴の針の側面に設置して血液中の細胞をリアルタイム的にモニターする、といったことが可能になります。
Publications
An Electrical Impedance Biosensor Array for tracking Moving Cells
Ogata Norichika, Akihisa Shina, Takayuki Komiya, Yoji Iizuka, Ken Matsuse, Fuminobu Imaizumi, Tomoyuki Suwa, Akinobu Teramoto
2018 Conference Proceedings, IEEE SENSORS, p.1557-1560, ISBN: 978-1-5386-4707-3
[ieee Xplore] DOI: 10.1109/ICSENS.2018.8589577
[Misc]
オートフォーカス・再生する電気顕微鏡 生体内で1細胞レベルの長時間追跡が可能に
東北大学プレスリリース
[web][PDF]
地球は水の惑星であり、水は生命の源です。そして電気顕微鏡もまた水を必要とします。電気顕微鏡は液体と電極の界面の電気化学的性質を利用しているため、作動させるために水が必要です。電極の上に水をのせることではじめて素子として機能します。水と電極さえあれば単純で安価な素子が構築でき、また、電極上の水は自由に運動して更新されるために素子としての寿命は長期間におよびます。世界の液体/固体-界面を電気顕微鏡化することで、思惟の客観的内容の世界(knowledge without knowing subject)に物理的世界の情報をくまなく転送する未来をつくります。
かつて、1980年代後半の日本の半導体は世界市場を席巻していました。環境の変化から、これまでに年間最大4万人がリストラの対象となり、計18万人の失業者のうち東アジア企業に活路を見出せ人はわずか1000人ほどにとどまっています。日本企業のリストラはまだ終わっておらず、電気労働者懇談会の2015年の調査では、20万人がリストラの対象となっています。世界の半導体加工技術はナノの領域に入っていますが、電気顕微鏡に必要な半導体加工技術はマイクロスケールのものです。日本に残った枯れた技術を掘り起こし、高度な知識と技術を有する人材を集めて「産業のコメ」を復活させます。
科学・技術立国のためには、新しい原理の測定装置が必要です。沖縄科学技術大学院大学建学の立役者である尾身幸次氏はその著書の中で,「バイオテクノロジーの競争力強化のための鍵」として「分析機器等を自主開発すべし」と述べています。その理由は、研究の基盤となる機器のほとんどが外国製品であり研究資金を投じても国内に資金やノウハウが残らないからだけでなく、「画期的な分析技術の開発が,研究や産業化の競争力を決定する傾向が強いということ」がバイオテクノロジーの研究開発の大きな特徴であるからです。画期的な分析技術で、科学・技術立国に貢献します。